イベント情報

  • 7月23日(土)
  • 小ホール
  • 音楽

こころにつながるワンコインコンサートVol.6 SPレコードコンサート

  • チラシの画像:
~SPレコードでよみがえる、昭和歌謡の世界~

【ナビゲーター】
新 忠篤
レコード会社クラシック録音プロデューサーとして、LP・CD制作の豊富な経験を持つ。
雑誌「管球王国」「ラジオ技術」著作『古典球アンプの作り方 楽しみ方1,2,3&4』、『オーディオ徒然草1&2』(アイエー出版)

桑原 威夫 (フランス大使館勤務)

【プログラム】
◆リンゴの唄  歌:霧島 昇/並木 路子
◆青い山脈  歌:藤山一郎/奈良 光枝
◆悲しき口笛  歌:美空 ひばり
◆南国土佐を後にして 歌:ペギー葉山
◆ああモンテンルパの夜は更けて 歌:渡邊 はま子/宇都美 清

【再生機材】
◆レコードプレイヤー:TECHNICS SL-1200 Mk-4
◆SPレコード再生カートリッジ:DENON DL-102SD
◆フォノイコライザー:桑原威夫氏製作 SPレコード用イコライザー
◆WE-101Dラインアンプ:桑原威夫氏製作 「管球王国」103号掲載
◆パワーアンプ:Mclntosh MC275 (ロイヤルオーディオ提供)
◆スピーカー:TANNOY CANTERBURY(ロイヤルオーディオ提供)

※プログラム、再生機材は変更になる場合もございます。

INFORMATION

事業報告

ナビゲーター:新 忠篤 / 桑原威夫

来場者数:56名

≪プログラム≫

1 国歌「君が代」
ブラック・ダイアモンズ(吹奏楽)
英GRAMOPHONE GC2-46/明治42年(1909年)録音(片面盤)

今から113年前にイギリスの吹奏楽団が録音した「君が代」。

 

2 リンゴの唄 (作詞 サトウハチロー / 作曲 万城目正 / 編曲 仁木他喜雄)
霧島 昇・並木 路子(歌)/コロムビア・オーケストラ
日本コロムビア A 59/昭和20年(1945年)12月14日録音/昭和21年(1946年)年1月発売

並木 路子(大正10年~平成13年(1921~2001年))は昭和11年(1936年)に松竹歌劇学校に入学し、翌年に浅草国際劇場で初舞台を踏んだ。松竹歌劇団(SKD)在籍中の昭和20年に松竹映画「そよかぜ」で映画初主演。劇中で歌った「リンゴの唄」が大ヒットになった。

霧島 昇(大正3年~昭和59年(1914~1984年))は福島県いわき市出身。昭和13年(1938年)、松竹映画「愛染かつら」の主題歌「旅の夜風」をミス・コロムビアと共に吹き込み大ヒット。その後も「一杯のコーヒーから」「誰か故郷を想わざる」「三百六十五夜」などの大ヒットを放った。

 

3 東京ブギウギ (作詞 鈴木 勝 / 作曲 服部良一)
笠置 シズ子(歌)/コロムビア・オーケストラ
日本コロムビア A 339/昭和23年(1948年)1月発売

笠置 シズ子(大正13年~昭和60年(1924~1985年))は、昭和2年(1927年)大阪松竹楽劇部に入り、三笠静子の芸名で初舞台を踏んだ。その後笠置シズ子と改め、作曲家服部良一と組んでジャズ歌手として売り出したが、戦時中のため当局の指導によりたびたびの公演中止を余儀なくされた。昭和23年(1948年)に発売した「東京ブギウギ」が大ヒット、ブギの女王と呼ばれた。

 

4 フランチェスカの鐘 (作詞 菊田一夫 / 作曲 古関裕而)
二葉 あき子(歌)/コロムビア・オーケストラ
日本コロムビア A 528/昭和23年(1948年)6月発売

二葉 あき子(大正4年~平成23年(1905~2011年))は広島県広島市出身。東京音楽学校(現・東京藝術大学音楽学部)師範科卒業後、広島に戻り教員となったが、昭和11年(1936年)に日本コロムビア専属となり歌手デビューした。昭和20年8月6日、帰郷のために乗った列車がトンネル内を走行中に原子爆弾が投下され、間一髪で被爆を逃れ終戦を迎えた。戦後、「夜のプラットホーム」や「フランチェスカの鐘」のヒットを放った。昭和57年に紫綬褒章、平成2年に勲四等瑞宝章を受章した。

 

5 青い山脈 (作詞 西條八十 / 作曲 服部良一)
藤山 一郎・奈良 光枝(歌)/コロムビア・オーケストラ
日本コロムビア A 527/昭和24年(1949年)3月発売

藤山 一郎(本名:増永丈夫、明治44年~平成5年(1911~1993年))は東京音楽学校声楽本科在学中に家業を助けるため、コロムビアから藤山一郎の名でデビュー。「酒は涙か溜息か」「丘を越えて」などのヒットを放つが、学校の規定に反するため活動を一時停止。卒業後ビクター、テイチクを経て、再びコロムビア専属になった。戦後も「青い山脈」「丘は花ざかり」などのヒットを放った。

奈良 光枝(大正12年~昭和52年(1923~1977年))は青森県弘前市出身。1940年コロムビアのテストに合格し、16歳で専属歌手になる。戦後大映映画「或る夜の接吻」の主役に抜擢され、主題歌の「悲しき竹笛」が大ヒットした。この藤山一郎と共唱した「青い山脈」は東宝映画「青い山脈」の主題歌。彼女の最大のヒット曲。

 

6 銀座カンカン娘 (作詞 佐伯孝夫 / 作曲 服部良一)
高峰 秀子(歌)合唱付/日本ビクター管弦楽団
日本ビクター V-40256/昭和24年(1949年)6月発売

高峰 秀子(大正13年~平成22年(1924~2010年))は子役から大人の女優として戦前・戦後を通じて半世紀に渡り日本映画界で活躍した。「銀座カンカン娘」では主題歌を歌い、映画公開前に発売されたレコードは42万枚(昭和27年、1952年時点)もの売り上げを記録して大ヒットとなった。

 

7 悲しき口笛 (作詞 藤浦 洸 / 作曲 万城目正)
美空 ひばり(歌)/コロムビア・オーケストラ
日本コロムビア A 622/昭和24年(1949年)9月10日発売

美空 ひばり(昭和12年~平成元年(1937~1989年))は昭和24年(1949年)「河童ブギウギ」(A面は霧島昇の「楽しいささやき」、昭和24年(1949年)8月10日発売)でレコードデビュー。以後1,500を越える曲を録音し、「悲しき口笛」「東京キッド」「リンゴ追分」「港町十三番地」「柔」「悲しい酒」「愛燦燦(あいさんさん)」「みだれ髪」「川の流れのように」など、放ったヒット曲は数知れず。平成元年(1989年)の死去まで、40有余年にわたって日本歌謡界の第一線で活躍した。

 

8 ああモンテンルパの夜は更けて
(作詞 代田銀太郎 / 作曲 伊藤正康 / 編曲 加藤光男)
渡邊 はま子・宇都美 清(歌)/日本ビクター・オーケストラ
日本ビクター V-409901/昭和27年(1952年)9月発売

昭和27年(1952年)1月、歌手の渡邊はま子は、来日したフィリピンの国会議員ビオ・デュランから衝撃的な事実を知らされた。同国モンテンルパ市のニュー・ビリビット刑務所には、いまだ多数の元日本軍兵士が収監されており、すでに14人が処刑されたと聞かされた。第二次世界大戦後7年も経つのに、なお刑を受刑し続け、中には死刑を待つだけの人達も居ると聞いた彼女は、銀座の鳩居堂からお香を同刑務所に送った。
1952年6月、神奈川県鎌倉市の渡邊はま子の自宅に一通の封書が届いた。その封書の中には、楽譜と短い手紙が入っていて、その楽譜の題名には「モンテンルパの歌」作詞代田銀太郎、作曲伊藤正康と書いてあった。代田は元フィリピン憲兵隊少尉。伊藤は元大日本帝国陸軍将校。二人はニュー・ビリビッド刑務所で、戦争犯罪者としてマニラ軍事裁判で死刑判決を受けていた人物だった。「モンテンルパの歌」は、刑務所に収容されていた111名の、日本への望郷の念を込めた曲だった。封書を受け取った渡邊は、早速楽譜をビクターに持ち込み、ほとんど修正なしで吹き込んだ。題名は「ああ、モンテンルパの夜は更けて」と名付けられた。渡邊と宇都美が歌った「ああ、モンテンルパの夜は更けて」のレコードは、20万枚売り上げたヒット曲なった。
「ああ、モンテンルパの夜は更けて」が大ヒットしていた昭和27年(1952年)12月25日、渡邊はニュー・ビリビッド刑務所を訪れた。吹き込み以来、刑務所慰問の決意を固めていた渡邊が、国交が無いフィリピン政府に対して戦犯慰問の渡航を嘆願し続けて半年後の事だった。渡邊来訪時、代田銀太郎と伊藤正康は渡邊と対面し、歌を吹き込んでもらった事に対し礼を述べた。
その後、この歌のヒットや渡邊はま子をはじめ関係者の努力が、当時のフィリピン政治当局を動かし、昭和28年(1953年)7月、フィリピン共和国大統領エルピディオ・キリノの特赦によって、戦争犯罪者108名全員の日本への帰国が計られ実現した。

9 田舎のバス (作詞・作曲・編曲 三木鶏郎)
中村 メイコ(歌)/ビクター・オーケストラ
日本ビクター V-414371/昭和30年(1955年)3月発売

三木 鶏郎(大正3年(1914年)東京生まれ)は、作詞家・作曲家・編曲家。東京帝国大学法学部を卒業。作曲を諸井三郎、ヴァイオリンを小野アンナ、ピアノを渡辺シーリーに師事。昭和21年(1946年)三木鶏郎楽団を結成し、東京麹町にスタジオを建てる。主なヒット曲はこの「田舎のバス」ほか、「毒消しゃいらんかね」(歌:宮城まり子)、「僕は特急の機関士で」ほか多数。またCMソング、テレビ番組主題歌など多数世に送り出した。

中村 メイコ(昭和9年(1934年))は東京生まれの女優、歌手、タレントで、3歳の時から映画・ラジオ・テレビ・舞台で活躍。現在87歳。

 

7/23日に当館小ホールにて開催しました「こころにつながるワンコインコンサートvol.6 SPレコードコンサート」ですが、おかげさまで無事に開催することができました。ご来場いただきました皆さま誠にありがとうございました。
今回のコンサートは、今年2月に延期となっておりました〜SPレコードでよみがえる、昭和歌謡の世界〜の振替公演で、新さん・桑原さんをナビゲーターに迎えアナログレコードの魅力をたっぷり教えて頂きました。
今回は再生機材にもこだわり、桑原氏制作のイコライザーやアンプ、またロイヤルオーディオ様の提供でTANNOY CANTERBURYのスピーカーなどレコードならではの当時の生音が、瑞々しくふくよかな音で再現されました。
中でも、1909年イギリスの吹奏楽団で収録された「君が代」の音はとても長い時が経ったとは思えないほどのクリアで美しい音でした。
楽曲は主に戦後30年代からの昭和歌謡を中心に、レコードを聴きながら新さんから当時の録音風景やエピソードなどを教えて頂き、とても内容の濃いコンサートとなりました。
ご出演、ご提供頂いた関係者の方々のご協力に感謝申し上げます。